アメリカンビンテージ 時代は黄金期


アメカジの原点ファッション

エルヴィス・プレスリーは黒人の音楽だったロックンロールを白人に広めた第一者です。そして大ヒットになった1957年の「監獄ロック」でエルヴィスがジーンズを履き腰を動かし歌う姿にアメリカ人は熱狂します。ジェームス・ディーンの「理由なき反抗」で苦悩する若者を演じたジェームス・ディーンに自分の姿を投影して、ジェームス・ディーンの着ているジーンズファッションに憧れ、こぞってジーンズに身を包むようになりました。1950年代のジーンズこそアメカジの原点ともいえるでしょう。

ジェームス・ディーンが「理由なき反抗」で穿いていたジーンズは『Lee RIDERS 101』ですが、この映画で一気にジーンズを穿く若者が増えてファッションとしてジーンズが普及されていきましたが、当時のアメリカではジーンズは反抗的な若者の象徴と見なされたいたこともあって、学校ではジーンズの着用を禁止する学校が多くありました。

1953年の映画『乱暴者』はマーロン・ブランドが主演でしたが、この映画でマーロン・ブロンドが演じたのは暴走族のヘッドを演じて、バイクを乗り回して暴れます。その時に来ていたスタイルが、ブラックレザーのライダースジャンバーに、黒いブーツそして『Levi's 501XX』です。このマーロン・ブランドが演じた不良はかつて今まで数々のスターが演じてきた不良よりもはるかに暴力的でそして若者的でした。実際に当時のアメリカでは戦争から帰還してきた帰還兵はマーロン・ブランドのようにバイクにのり『Levi's 501XX』を穿き革ジャンを着ていたからです。当然戦争には行っていない若者もこのマーロン・ブランドの姿に憧れてこぞってジーンズを買い穿くようになりました。

リーバイス

1950年代にはアメリカの若者たちはジーンズを買って穿きまくっていましたが、日本に初めてジーンズが輸入されて販売されたのは1956年のことです。それ以前に日本に流通していたジーンズは米軍や米軍の家族が放出して売っていたものでした。日本に輸入販売されたジーンズは、グループサウンズの人気グループがよく利用するお店としていわばアンテナショップのような感じだったようです。

世界で三大ジーンズブランドといえば、『リーバイス』『Lee』『Wrangler』です。マーロン・ブロンドが穿いていていた『Levi's 501XX』は復刻版も出るほか、501はリーバイスのシンボルともいえる代表的なモデルです。

リーバイスの歩み:創業~1960年代

1848年
アメリカ西海岸でゴールドラッシュが始まる。
1850年
カリフォルニアがアメリカ合衆国第31番目の州になります。
1853年
リーヴァイ・ストラウスがサンフランシスコのベイエリアに雑貨店・生地商「リーバイ・ストラウス社」を設立します。そして幌や帆の材料だったキャンバス地から主に港湾労働者向けの作業用パンツを製造して販売開始します。
1870年
ヤコブ・デイヴィスがリーバイス社から仕入れたキャンバス地のパンツ(ウエステッド・オーヴァーオール)にリベット補強を施して、現在のジーンズの原型が完成します。
1873年
リーヴァイ・ストラウス、ヤコブ・デイヴィスは共に「金属リベットによる衣服の補強方法に関する特許」を取得します。そしてバック・ポケットの裏側に補強布を縫い付けるためアーキュエット・ステッチが施されるようになりました。
1880年代
素材をキャンバス地からデニムに変更。現存している最古のジーンズが生産されました。
1882年
宣伝にXX(エクストラ・エクシード)デニムという呼称が使われるようになります。
1886年
ツーホース・マーク(2頭の馬で両方から引っ張っても破れないほど頑丈ということを表現)のレザーパッチがウエストバンドに縫い付けられて、後の 501Ⓡ の基本ディテールが確立されます。
1890年
ロット・ナンバーが導入されて、ウェステッド・オーヴァーオールに「501」の番号がつきます。フロントにコインポケット(ウォッチポケット)が設けられます。
1902年
バックポケットが2つになり、現在のような5ポケットのスタイルが完成します。リーヴァイ・ストラウスが亡くなりました。
1906年
サンフランシスコ大地震によって、本社屋と工場が倒壊します。その数週間後に、バレンシア工場が建設されます。
1915年
素材のデニムをノースカロライナ州のコーンミルズ社から調達が開始されます。この頃、デトロイトにあったフォードの自動車工場の生産システムをリーバイスの工場に導入したことで、流れ作業による生産方式が衣料品の縫製工場に適用されたアメリカでの最初の例になりました。
1922年
初めてウェストバンドにベルトループを設けました。
1930年
ボーイズ・モデルの「503XX」が発売されます。
1935年
レディス・モデルの「701XX」が発売されます。
1936年
コピー製品防止のために、レッド・タブが考案されます。これは1939年に意匠登録されています。
1937年
サスペンダーボタンが廃止。ヒップポケットの補強は隠しリベットになります。デニム・ジャケット(通称:ジージャン)を発売。当時はブラウスという呼び方で販売されていました。
1942年
第二次世界大戦中は、物資統制のためにアーキュエット・ステッチがペンキ描きとなって、トップボタンは代用品となりました。バックストラップ(バックルバック/シンチバック)と股リベットを廃止。そしてこの時代はコインポケットのリベットも省略されています。
1943年
アーキュエット・ステッチを意匠登録。
1947年
アーキュエット・ステッチやコインポケットのリベットが旧型になりますが、アーキュエット・ステッチはこの時からダイヤモンドポイントという中央がクロスした縫い方になります。そして全てのボタンが戦前のドーナツボタンから現在の形へと変更されます。
1952年
デニム・ジャケットがモデルチェンジ。
1954年
映画「乱暴者(英:ワイルド・ワン)」で主演のマーロン・ブランドが「501XX」を着用。ファッションとしてのジーンズへとあります。
1954年以降
数年の間にリーバイスでは初めてになるジッパー・フライのジーンズ「501ZXX」「503ZXX」「504ZXX」を生産、発売します。
1955年ぐらい
ウエスト・バンドのパッチの素材が縮んで劣化しやすいレザーから、オイル紙へ移行します。これで洗濯を繰り返しても印刷が消えたり破れてなくなることがなくなりました。