アメリカンビンテージ 時代は黄金期


リーバイス社の歩み

1960年代~1980年

1960年
当パンツが従来のウェストテッド・オーバーオールから、初めて「ジーンズ」という呼称でフラッシャーに表記されるようになります。
1961年
ホワイトジーンズ=WHITE LEVI'S、ピケ、コーデュロイといったジーンズを発売。これらがアメリカ東海岸で好評となりました。
1962年
デニム・ジャケットがモデルチェンジ。通称サードモデル(日本国内のみ)と呼ばれて、現行モデルの基本形になります。この頃紙パッチから"Every Garment Guaranteed"(通称:ギャラ)の表記が消えています。ちなみにギャラ入りは「557XX」の最初の頃までのものです。それから暫くたってから、パッチに小さく"Made in U.S.A."と書かれるようになります。「501XX」などのヒップポケットから隠しリベットが徐々に廃止されて、代わりにカンヌキ止め(バータック)が施されます。
1963年
初めてプリシュランク「プロセス686 防縮加工デニム」を使用したジッパーフライジーンズ「551ZXX」が発売され、こちらもアメリカ東海岸で好評となりました。
1963年頃
真後ろのベルトループがオフセットからセンター取付けになります。
1964年
リーバイス・ジーンズがワシントンD.C.の国立スミソニアン博物館の展示物になりました。
1965年
香港にファーイースト工場と営業拠点を設立されます。
1966年
リーバイス・ジーンズのテレビCMが開始となりました。
1967年
バックポケットの隠しリベットを完全に廃止します。ロットナンバーも変更されました。「501XX → 501」「501ZXX → 502-0117」「551ZXX → 505-0217」「557XX → 70505-0217」パッチのロットナンバー表記から「XX」が廃止されて「501‐0117」のように素材と色の組み合わせが番号により表記されることになりましたが、ロットナンバー「501」だけの表記のものも出てきます。ロットナンバーの数字がローマン体からサンセリフ体に変更されました。過渡期には変更前後の両方が表記されたダブルネームも存在しています。
1968年
二本針ミシンを使った効率化生産ラインで作られる「オレンジ・ラベル」として、606-0217(スリム・ジーンズ)や646-0217(ベルボトム・ジーンズ)を発売。デニム・ジャケットのパッチが順次小型になりました。
1969年頃
パッチに"Care Instructions Inside Garment"と表記されるようになりました。501Ⓡ・505・517のうち特定の収縮率を有するタイプは66モデルと呼ばれて1980年頃まで生産されました。501Ⓡ・502 以外の 505 などには大型織機で織られる広幅のデニムが使用されるようになり「セルビッジ付きデニム」が順次廃止になりました。サイドシームの裏側はインターロックではなく、脇割り縫いです。アーキュエットステッチがオレンジ糸(合繊)に変わって、従来のイエロー糸(綿)は一旦完全に消滅します。
1971年
株式の店頭公開を機会に、ロゴとタブの表示をLEVI'S(キャピタルE)からLevi's(スモールe)へと変更されました。ブーツカット・ジーンズ(517-0217)が発売されます。それ以降に「505」の異素材型「518」、ホワイトタブのモデル(606ブラック&ホワイトなど)やコンフォートフィットの「510」「515」などを展開して、ラインナップを拡充していきます。デニムの縮みでジッパーに歪みが生じる「502-0117」はアメリカでは生産中止になりました。
1974年
リーバイ・ストラウス社の主催によって、デニム・アート・コンテストが開催されました。
1975年頃
501Ⓡ、505 などのヒップポケット裏がチェーンステッチとなりました。
1976年
「501XX」 がスミソニアン博物館の永久コレクションとして加わります。
1977年
第39大アメリカ大統領ジミー・カーターが、大統領の任期中にリーバイスの愛用者ということを公式発言します。
1978年
レッドタブの「517」に加えて、オレンジラベルの「517」(20517)や異素材の「516」が発売されます。パッチのツーホースマークなどの印刷は、レッドタブモデルが必ず赤色で、それ以外は大抵が茶色ですがコーデュロイジーンズなどにデザインが異なる赤印刷のものも存在しています。